ホテルのバーでのまなきゃいけない①
居酒屋でも、キャバクラでもない。路上でも、電車の中でもない。どうしてもホテルのバーで飲まなきゃいけない。ホテルの上のバーでなきゃいけない。
ところがなんてことだ。お目当てのてっぺんバーは17時オープン。今は16時。
仕方ないので、グランドフロアのメインバーに向かうと、ああ、ここもやってない。
コロナ禍に見舞われるまで、飲み方については、ビジホ飲み、居酒屋を貸し切っての仲間飲み、電車飲み、公園飲み。
ところが夕方の仕事がキャンセルになった途端、突然、ホテルのてっぺんのバーで飲みたくなった。オーセンティックなバーではない。てっぺんの、まだ明るいうちから生ピアノが流れてくるようなやつだ。
新宿の京王プラザホテルは、亡父の行きつけのバーがあった。てっぺんに。考えたら、家族と、友達と行ったことはあったが、1人で行ったのはただの一度だけだった。女の子と行ったことは一度もない。
それがもう数十年前。長い時を経て、自分はホテルの、「てっぺんの」バーで、「1人で」飲みたくなった。
ああ、なのに、17時オープン。落胆した。
でも、口がホテルのてっぺんのバーになった僕は、なんとかしようと思った。
居酒屋は、いけない。路上のみは、もってのほか。コーヒーは、飲み飽きた。ちょうど近くにロイヤルホスト。
今日は飯を食いに来たわけではない。自分を憐れむために来たわけでもない。酔いの果ての戯れにハプニングが起こることを期待してるわけでもない。
そんな興奮とか、自己陶酔とか、そんな感じので自分を守らなくても安全な場所に行きたいだけなのだ。
家庭もそうではあるが、無防備になりすぎてすぐ寝てしまう。できれば起きたままリラックスしたい。
ロイホでお腹いっぱいになるなよ。選んだメニューは、アボカドのサラダと生ビール。
まあまあ大人だ。サラダがなければもっとよかったが。
繰り返しとなるが、行きたいのは「ホテルのてっぺん」のバーであって、穴蔵みたいな本物の酒の出るバーではない。そこには自意識のゼロ距離射撃みたいな戦いがある。SNSと同じだ。
オニオンドレッシングの効いたサラダは想像より旨かった。生ビールなんて、今となっては水道水と同じくらいと思っていたが、本当に久しぶりに、食卓にあった父親の飲みかけのグラスから漂うビールの香りを感じた。無防備になった気持ちが、幼児退行を起こしている。僕はこれからホテルのバーで1人で飲まなきゃいけない。なんだそりゃ。